例えば視力なんかで、すごくよく見える人と、普通に見える人と、ちょっと見えづらい人がいる。
すると、その平均が通常で、通常以上がOKだと言ったりする。
でも、これはちょっとおかしいことで、すごく見える人がすばらしいかというと、そとばかりも言えないのです。
例えば、路地から自転車が飛び出したりする場合、良く見える人は、
『見えてる』
という意識が強いから、安心度が増したりする。油断が生まれたりする。ブレーキが一瞬遅れたりするかもしれない。
でも、見えづらい人は、
『見づらい』
という意識があるから、カンが鋭くなったりする。早め早めにブレーキを踏もうとする。
つまりは、平均より上だからいいのだという考え方に縛られてはいけないということなのです。
アリは砂糖があれば、家に運んで帰るけれども、人間は砂糖があったからといって、必ず持って帰るとは限らない。
人は気紛れだからです。
でも上の人は、
『人も砂糖を置いておけば、必ず持って帰るものだ』みたいな、国の治め方をしてしまう。
平均的には人も砂糖をもって帰る人が多いからです。
何でもかんでも一括りで考えようとしてしまうきっかけが平均なのです。
平均は無駄なもの。平均なくせ。誰かに比べて安心するんじゃないと。
出典:『所ジョージの私ならこうします-世直し改造計画-』より